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コーチングに対する違和感
わたしはコーチングを学んでいますが
実はコーチングをされるのがあまり好きではありません。

正確にはコーチングそのものがいやなのではなく
あからさまに「目標」を意識させられ
さらにそれをクリアするために「引っ張っていかれる感覚」が
あまり好きではないのです。

コーチングというとカウンセリングのちがいをよく聞かれます。

「マイナスな状態から目標達成に導くのがカウンセリング、
フラットな状態から目標達成に導くのがコーチング」
とある人がいっていて、なるほどなぁ、と思いました。

コーチングを学んでいるという環境にいるということもあり
普段の会話のなかでその技術が使われる場面があります。

ただ話がしたいだけなのに、コーチングをされてしまう。
雑談の延長で「こんなことがしてみたいね」と話すだけで
「いつ実行するの?」と聞かれてしまう。
「具体的にはどんなふうに行動するの?」と。

正直、尋問のように感じてしまうこともあります。
「自分はコーチングスキルがある!」と思っている人に限って
その傾向が強いように思います。

もちろん、決断の背中を押すために
そのようなちょっと強気のコーチングが必要な場合もありますが
普段の会話のなかでのことを考えると…
ちょっと違和感がつのります。

そのような相手には気楽に夢や希望を語ることができません。
もちろん、話している相手は無意識なのでしょうけれど。

先日、ある人のコーチングを受けました。
その人は最初は型どおりのコーチングをしてくれていましたが
わたしが求めているものがちがうとすぐに察して
もっとナチュラルな対話に切り替えてくれました。

それによって気づいたこともありました。
逆に、そのまま型どおりのコーチングを続けられていたら
きっとわたしは何も見つけられないままだったと思います。

わたしがコーチングを学んでいるのは
主に「人の話の聴き方や受け止め方」を学んでいるという感じで
コーチングを職業にしようとかそういうふうには思っていません。

学ぶことはあくまでもツールであって
自分の生き方そのものにしてしまうと
かえって自分の幅を狭めてしまうのかもしれないと思う今日このごろです。


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テーマ:コミュニケーション - ジャンル:ライフ

【 2008/08/20 00:18 】

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