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主観というフィルター
わたしのまわりには「すごい」と言われる人がいます。
ひとりではなく、何人もいます。
「すごい」といわれる要素はさまざまですが
その人を紹介する際に「すごい人です」といわれる人が
まわりには結構たくさんいるような気がします。

わたしもその「すごい」という言葉に興味を抱き
また、「すごい人なんだ」という思い込みを持って
その人と接することがよくあります。

しかし、その「すごい人」というのは本当でしょうか。

何をもってすごいのか。
どんなところがすごいのか。

何もわからないまま、「すごい人」と紹介されることで
その人はすごいんだ、と思い込んでいるような気がします。

ちなみにこれを専門用語ではプリフレーミングといい
事前に先入観を持たせることをいいます。
(フレーミング=思想をフレーム、つまり固定の枠に入れること)

先日の日記でわたしはのめりこみやすいタイプだと書きましたが
それは人に対しても同じでした。
「この人はすごい!」といわれれば単純にそう思い込み
その人のそばで自分も成長したいと強く願っていました。

しかしながら、それはちがうのではないかと思うようになりました。

どんなに「すごい」といわれていようとも
それは自分にとって「すごい」のかどうかはわかりません。
逆にどんなに「ダメだ」といわれても
もしかしたら自分にとってはすばらしい学びを与えてくれる人かもしれません。

わたしは先日、ある「すごい」と言われる人と
衝突というか議論になった経験があります。
それはもう、いろんな人が「すごい」という人でしたが
わたしはどうしても納得できない部分がありました。

結果としては正面から本音でぶつかりあって
今ではもうだいぶ解消しましたが(完全に、といえる自信はないのですが…)
自分の気持ちがまだ波立っているころ、
関係者にその話をしたことがありました。

関係者は事情を知っているので問題はないのですが
問題はその近くに事情を知らない第三者がいたということです。

当然のことながら、「すごい」といわれる人を批判したわたしは
その人からの攻撃を浴びることになりました。
感情にまかせるあまり、場所を選ばなかったのが悪いと気づいても
もはやそれは遅すぎました。

すぐにその場を離れましたが
その攻撃はあまりに強くわたしのなかに残り
恥ずかしながら外に出て、国道沿いであったにも関わらず泣きました。

数日後、そのわたしを攻撃した人から電話がありました。
話を聞こうと思って、ということでしたが
どうやら「あの人はすごい人だ」という前提は消えていません。
それを感じながらも少しだけ話をしてみましたが
やはりわたしに対する批判的な態度は変わることはありませんでした。

人はみな主観というフィルターを通して世界を見ています。
人に限らず、モノ、事象、すべてです。

つまり、一般的な評判というものは
大多数、もしくはある一部の人のフィルターを通してのみ語られるもので
それが自分に当てはまるかどうかは
自分の目で確かめる以外に方法はないと思います。

それは言い換えればすべての責任を自分で負うということ。

と自分で書きながら正直ちょっとこわくなってしまったのですが
でも、それが自分らしく生きることの第一歩なのかもしれません。


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テーマ:自分らしく - ジャンル:心と身体

【 2008/08/22 00:27 】

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